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高松高等裁判所 昭和38年(ツ)22号 判決

上告人 下村徳馬

右訴訟代理人弁護士 武田博

被上告人 楠原作恵

右訴訟代理人弁護士 伊東甲子一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人の陳述した上告理由は、別紙記載のとおりであり、被上告代理人は、主文と同旨の判決を求めた。

上告理由第一点について。

原判決が確定した事実によると、愛媛県北宇和郡三間町大字戸雁字クロハザ九四番地、田六畝七歩、同所九一番地、田五畝一三歩の二筆の田が、土地改良法に基く三間町農業委員会による交換分合によつて、同県同郡同町大字戸雁字横田一、〇一一番地の第一、田一反二歩と交換され、被上告人が右田の所有者となつたというのであるから、右土地改良法に基く交換分合が無効であるとか、取消されない限りは、右行政処分の効力として交換後の田の所有者を被上告人と解することは正当であり、右交換前の二筆の田が実質上、被上告人と訴外楠原哲夫との共有であつたとしても、これを理由に右土地交換分合の行政処分が無効であるということはできず、その他右行政処分を無効とすべき理由もなく、またこれが取消された形跡もないから、右行政処分により前記横田所在の田が被上告人の所有となつたとした原判決の判断には、所論のような違法はない。論旨は採用できない。

上告理由第二点について。

原判決が確定した事実によると、被上告人の亡夫訴外楠原春義は、上告人から金員を借用し、上告人は、春義から同人所有の(一)愛媛県北宇和郡三間町大字戸雁字入柳四二一番地の第一、田三畝六歩、(二)同番地の第二、田四畝、(三)同所字クロハザ、田六畝七歩、(四)同所九一番地田五畝一三歩の四筆の田を借受けて耕作していたところ、昭和二三年一一月七日、上告人と春義との間に右四筆の田の売買契約が締結され、代金三万円は上告人の春義に対する貸金三五、〇〇〇円の内金三万円と相殺し、所有権移転登記は、農地の所有権移転が可能となり次第なすことを約し、引続いて上告人が右四筆の田を耕作していたこと、春義死亡後の昭和二八年一〇月一九日頃、上告人と春義の相続人である被上告人との間で、右(一)、(二)の田と春義が所有していた(五)同県同郡同町大字戸雁字地蔵田一、〇三三番地、田七畝八歩とを交換し、前記(三)、(四)の田及び右(五)の田を上告人に売渡すこととし、同年一〇月二五日までに所有権移転に必要な県知事に対する許可申請手続をすること、登記完了後に上告人から被上告人に代償として金一万円を交付することを約し、以後上告人は、前記(一)、(二)の田の代りに(五)の田を耕作するようになつたこと、その後昭和三二年七月五日頃、前記(三)、(四)の田は土地改良法に基く交換分合により、(六)同県同郡同町大字戸雁字横田一、〇一一番地の第一、田一反二歩と交換され、これにともない、上告人と被上告人との合意により、右(六)の田を売買の対象とするとともにこれを上告人において耕作するようになつた、というのである。

右のような事実関係の下において考察するに、売主たる被上告人が前記農地売買について県知事に対する許可申請手続に協力することなく、農地法上所有権が移転していないことを理由に、一方的に上告人に対して農地の返還を求めるというようなことは、上告人と被上告人間の売買契約の約旨に反し、不誠実な行為であることは否定できない。しかしながら、農地の所有権移転は、知事の許可がなければその効力を発生する余地がなく、また、上告人が従前から引続き前記各農地を耕作していたとしても、これについて知事または所轄農業委員会の許可があつたわけでもなく、その占有、耕作は正当な権利に基くものとはいえず、法律上何らの根拠のないものであるこというまでもない。従つて上告人の前記農地の占有、耕作は法律上これを保護するに値しないものといわなければならない。また、上告人としては、売主が知事に対する許可申請手続に協力しない場合、前記売買契約に基いて、被上告人に対し売買の目的物件である農地の所有権移転の許可申請手続をする旨の意思表示を訴求することも可能なのであり、そのような方途を講じることなく、法律の許さない状態のまま放置しておくことは、上告人においても怠慢のそしりを免れないものといわなければならない。

以上のような点を考慮すると、被上告人の本件農地の所有権に基く返還の請求は、前記農地売買契約の約旨に反し、不誠実なものではあるけれども、いまだ信義則に反するとか権利の濫用であるとしてこれを排斥するのは相当でないと考える。従つて上告人の信義則違背或は権利濫用の抗弁を容れなかつた原判決の判断は相当であり、上告人の論旨を採用することはできない。

よつて、民事訴訟法第三九六条、第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 水上東作 石井玄)

〈以下省略〉

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